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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

No69  須藤八千代・土井良多江子・湯沢直美・景山ゆみ子 
『相談の理論化と実践――相談の女性学から女性支援へ――』
新水社 2005年

キーワード:フェミニズム、相談、女性学


ソーシャルワークのアプローチなかに、フェミニスト・アプローチというものがある。フェミニズムの視点からソーシャルワークを行うものだ。

女性学の視点から相談に応じる、ということである。本書に序文を寄せている内藤和美さんによると、「相談の女性学」は、「女性学の認識や方法や成果によって組み立てられ営まれる相談」である。

「相談を男性優位社会のなかで奪われてきた諸々の力の回復を援助するためのシステマテックな活動と認識」し、「相談者である女性たちの困難・問題を個人的事情というよりむしろ社会構造に起因するものと捉える」ことである。

では、具体的にはどのように相談に応じ、支援することなのか。

湯沢直美さんが「母子世帯の子どもが餓死した事件とその裁判事例」を取り上げて、それをうまく説明してくれている。

ジェンダーの視点による「見立て」によって、問題を「個に埋没」させることなく、その「本質」を可視化すること。ストレングス視点によって、「クライエントこそが自分の問題に関する専門家」であるという視点に立ち、相談者自身が「問題解決力を発動していく」という援助関係を形成すること。

「他人事」を、共感によって「私たちの事」「社会の事」に転換し、「特殊から普遍へ」「ソーシャル」+「ワーク」へ。

制度自体がジェンダー規範を体現していることを十分に認識したうえで、問題解決に向けた方策をともに考えること。

「相談者」によって「話される」言葉、「放された」言葉を、時代の証言として受け取るという認識が、「相談の社会性」の視座を開く。

湯沢さんのポイントをこうして拾い上げるだけでは、そのうまい説明が伝わらない。

本書の1章で須藤八千代さんが指摘していることは興味深い。かつて、福祉事務所においては、生活保護の申請受理や社会福祉施設への入所措置、諸手当ての支給決定といった行政処分のかかわらない相談に、組織の人々は関心をもたなかった。

また、生活保護などのサービスニーズをもって福祉事務所に来た人を、制度利用を抑制するための「慰め」や「励まし」で帰すことに「相談」という言葉が用いられる現実があった。「相談だけでごめんなさい」という謝罪。

「相談者が期待していたなんらかの実体のある援助にならなかった相談」は、相談者にとっても、「相談を受けた職員にとっても、一種、時間の浪費にすぎないという認識が共有されていた。」そして、このような相談件数はカウントされなかった。

こうした「相談へのまなざし」は、相談員そのものへの軽視にもつながり、特に、「婦人保護事業は片隅の存在」であった。

法的制度の執行業務の一環としてあるはずの「相談(=ソーシャルワーク)」は、プラクテイカルなサービス・手当て等に結びつかないようにする「相談」であったという事実。

「相談」そのものの重要性と必要性を社会的に認知させる力をもつ民間相談機関は、長い間、わが国には、なきに等しい状態であった。1990年代になるまで、フィールドソーシャルワークの展開する条件はほとんどなかったのだから仕方のないことだけれども、福祉における「相談」の意味のなんと軽いことか。
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