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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

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No62 ピエール・ロザンヴァロン 北垣徹訳 『連帯の新たなる哲学』(原著は1995年、『あらたなる社会問題』)けい草書房 2006年

キーワード:福祉国家、排除、連帯、社会的なものの個人化、社会的参入

政治思想史や現代社会分析を専門領域とするフランスのロザンヴァロンによる「能動的福祉国家論」である。ソーシャルワークに触れている部分につながるところを取り上げた。

リスクは平等に分配されているとともに偶然の性質をもつ、という前提のもとに成立した保険は、福祉国家における社会保障の中核として発展してきた。だが、今日、不安定や脆弱といったものは偶然ではなく決定論的観点に移行しており、この前提自体が成り立たなくなっている。その象徴的な例が、定常化している排除であり長期失業である。

1960、70年代のヨーロッパ経済は、賃金生活者全体のあいだに暗黙に再分配が存在しており、これが社会の凝集力と結びついていた。しかし、大量生産大量消費型のフォーデイズムから柔軟な生産様式へ移行し、生産システムのなかの社会保障的なものは除外されることになった。より効率性を欠いた非熟練の賃金労働者は、かつては企業のなかに組み込まれていたが、今や補償金を受ける失業者となった。

排除に対して賃金を与えるという2つのモデル:ハンデイキャップモデル(障害者手当て、補償手当て)と生存所得モデル(ベーシックインカム)があるが、これらは、社会的なもの(連帯)と経済的なもの(効率)を根源的に分けることで、雇用問題を二次的なものとし、結果として排除を担保してしまう。そうではなく、労働による社会参入こそが、排除に対する闘争の基盤であるべきだ。

保険に代わる社会的なもの、つまり、社会的参入の新たな経済的形式を探求する例として、RMI(社会参入最低所得)がある。これは、個人のライフサイクル上のニーズや適正に応じた活動を認めるもので、社会扶助でも保険でもない、第三の途である。受給者の機会の平等を豊かにする手続き的権利と呼んでよい。アメリカのクリントンが行った家族援助法もその例である。

ソーシャルワークの実施において、契約の概念にますます頻繁に言及するようになったことは、こうした第三の途が開かれたことに対応している。あるソーシャルワーカーは、「契約によって相互的関係が定着し、受益者はみずから固有の未来に責任をもつ当事者とみなされ、社会の側には手段にかんする義務が生じる」と記している。

従来の福祉国家においては、(1)目標となる特定階層を対象として構成し、(2)権利や特定の手当てを整備する、そして、(3)専門家としての公務員やソーシャルワーカーがシステムの管理を支え、申請者が給付の権利を有しているかどうかチェックし、規則とその対象者との適合関係を規制する、というシステムがあり、長期にわたって有効であった。しかし、今日の排除の問題、長期失業者と過剰債務世帯についてみても、いずれも、社会政策の伝統的な意味での集団や特定階層がおらず、管理すべき対象は個別の状況となっている。従来のシステムはもはや適さなくなっている。

こうした個別の状況を評価するには、ある種の判断の下に人々を置くことになる。それは一種の社会統制となり、ソーシャルワーカーは、人の行動をコストや効率の観点から判断し管理するという新たな管理者となる。

個人化された観点から扱うことが恣意的扱いにならないためには、手続き的権利(各個人に固有の手段を与え生活の流れの方向を変えて破綻を予防する、ための扱われ方の公平さ)を保証し、救済や苦情対応のシステムを整備する必要がある。これによって、社会的なものの個人化は、かつてのパターナリズムに回帰することを回避できる。

著者が言うように、排除や長期失業の状態に置かれている人々の原因がより個別的なものになり、個別的な対応が可能なプログラムが重要になってきているなら、ソーシャルワーカーの仕事は重要性を増す。

しかし、その仕事が、利用者の社会関係づくりの機会を拡大する役割とともに、コストや効率の観点から利用者を管理するという役割をもつものならば、この二重性は従来のものと変わらない。他方、その仕事を規制し監督するシステムも強化される。
ソーシャルワーカーが魅力ある仕事になることは可能なのだろうか。
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はじめまして。
いつもブログを拝見させていただいており、とても勉強させてもらっています。
ワタシは高齢者領域のソーシャルワーカーとして働いておりますが、“利用者の社会関係づくりの機会を拡大する役割とともに、コストや効率の観点から利用者を管理するという役割”という二重性を強く感じています。
理念のみでは経営が成り立たなくなり、その弊害が他ならぬ利用者に及んでしまっている現実があります。
幸いなことに私の勤めている職場は利用者を向いて支援を展開することができています(まだまだ発展途上ですが・・・)。
しかし、やはり利用者を向いていない事業所や施設もあるようです。地域のなかで私たちの役割を強く認識しながら地域の福祉を担うチームとして事業所や施設の枠を超えた関係をつくっていけたらいいなと思います。
そして、ソーシャルワーカーが魅力ある仕事として認知されるように自分も頑張っていきたいと思います。
最後になりますが、とっても勉強になるし、考えさせられるブログなので今後も遊びにきますね。

2006.09.24 01:27 URL | ぼやっきー #- [ 編集 ]

コメント、ありがとうございます。
事業所の枠を超えて地域の福祉を担うチームをつくっていけたら、という希望、いいですね。

介護保険以前には、高齢者サービス調整チームに集まる在宅介護支援センターや行政のワーカー、施設職員、訪問看護ステーション看護師などが、自分たちの町の福祉を向上させよう、という共通意識をもって活動していたところが、確かに存在していました。一部かもしれませんが。

異なる環境の下では、むずかしい面も多いでしょうが、これからますます必要ですね。

2006.09.26 20:59 URL | #- [ 編集 ]












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