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No57 上野千鶴子『生き延びるための思想――ジェンダー平等の罠――』岩波書店2006年

キーワード:市民社会、公的暴力、私的暴力、プライバシーの解体、生き延びるための思想


DVや児童虐待、高齢者虐待に関心をもっている者としては、本書のあちこちで触れられている暴力論が興味深い。

市民社会は、構成員同士の暴力を抑制する代わりに、国家に公的暴力の組織化を、他方で私的領域の暴力の容認を行ってきた。

公的暴力も私的暴力も犯罪化すること、暴力の行使を市民諸権利の一部としないこと、が市民権を脱男性化することである。

私的領域における暴力からも、公的領域における暴力からも逃げること、暴力のシステムに組み込まれないこと、暴力のサイクルから降りること。特に、私的領域においては、「プライバシー」を解体して、市民社会の公的ルールを私的領域に持ち込むこと。

この発想は、アデイクションアプローチで有名な臨床心理士の信田さよ子さんの主張にもとづいている。DV被害者に対し、援助者は、「教育により当事者意識をもたせ、徹底して逃げよ、と説得すること」である。そういえば、信田さんもDVの暴力と国家暴力とを並置して議論していた。

DVと同じように、息子から暴力を受ける老いた母親に当事者意識をもたせることも、ときにむずかしい。そうした息子もまた、リストラで失職、多重債務、アルコール依存症、長年の引きこもりなど、社会の「被害者」である場合が少なくない。

もう一つ興味深い主張が、「尊厳ある生」の否定である。

「尊厳ある生」の主張は、「尊厳ある生」が維持できないときは、尊厳死・安楽死を選ぼうということ。これは、ネオリベラリズムの「自己決定・自己責任」の論理と同じ。「尊厳」を価値としたとたんに、それは「生」よりも大切な価値になってしまう。

「ぼけて垂れ流しになっているあなたや私に、そのまんまいきていていいんだよ、といってあげる」、「生き延びるための思想」。

フェミニズムがそうだったように、今後は、貧困層や低階層が思想の言葉を獲得して、当事者による新しい「生き延びるための思想」が生まれるだろう、と著者は期待している。
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