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No56 平田厚 『家族と扶養 ――社会福祉は家族をどうとらえるかーー』 筒井書房 2005年

キーワード:家族、民法、扶養、老親扶養、引取扶養

児童扶養、老親扶養、生活扶助、扶養義務者の費用負担、世帯分離など、社会福祉における家族と扶養に関する主要な論点について、種々の説を紹介しながら、歯切れよく解説してくれている(ただし、サブタイトルの問いに対する明確な答えはなかった)。

社会福祉でもお馴染みの、中川善之助博士の「生活保持義務」「生活扶助義務」の二元論。これは、明治民法下における強固な家制度を換骨奪胎し、「家的・儒教的倫理観を基礎として後順位におかれていた配偶者や子の扶養を受ける権利を先順位に引き上げる」たもので、この理論の果たした役割は極めて大きいものであったとのこと。

また、「生活保持義務」と「生活扶助義務」の区別は、沼正也教授の自因説、他因説にもとづけば、前者には結婚する、子を設けるという、「自由意志にもとづく引受責任」という根拠(自因説)があり、後者は、親族という血縁関係(他因説)のみであって、前者がより強い義務性を帯びる、ということになる。

この自由意志にもとづく引受責任の有無によって扶養義務の強度が測られるべきで、これが、公的扶助などの公的介入に先立つ私的扶養義務の正当化の根拠とすべきであると平田氏は言っている。

「生活保持義務」は夫婦間、未成熟子に対する扶養義務であって、その内実には、身上監護(事実上の世話と世話をアレンジする行為)、b行為的監護(財産管理をはじめとする法律行為の同意・代理)=代弁的監護、c経済的監護が含まれる。これらが要保護性をもつ場合、その支援として、a福祉的支援(社会福祉サービス)、b民事的支援(親権制度、成年後見制度など)、c経済的支援(公的扶助など)が対応する。

家族の情緒的監護については、精神的支援を法的に制度化することは不可能で、実定法外で対処することになる。情緒的監護機能について法による干渉は謙抑的であるべきで、国家は家族が情緒的監護機能が果たせるよう環境整備することだけ求められる。

ただし、家族=親密圏は、家族員の人権侵害を引き起こす危険性もある。だから、家族の親密性、多元性を承認したうえで、法適用については謙抑的な態度をつらぬくとともに、後見的見地から国家は家族全体の支援を行うというスタンスをとり続けることが必要、なのである。

他方、「生活扶助義務」である老親扶養については、扶養は経済的な給付による扶養のことであって、介護労働や面倒見は含まれないと解するのが通説であって、事実上監護(面倒見)はあくまでも、経済的扶養に代わるものにすぎない。

平田氏の主張は明快である。ただ現実の児童虐待やDV対策は、まだまだ、家族全体の支援を行うスタンスに立ったものとはなっていない。謙抑的対策と家族全体の支援とのバランスは、制度ではなく、実践でとるべきなのか。

高齢者虐待防止法が施行され、高齢者福祉に携わる実践者は、扶養問題について頭を悩ませているかもしれないが、上記の点については改めて確認しておいたほうがよいと思われる。
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