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No27 宮子あずさ 『気持ちのいい看護』 医学書院 2000年

キーワード:看護、ケア、傾聴

医学書院のシリーズ「ケアをひらく」の1冊である。「ケアをひらく」とは、ひとことで言えないケアの世界の豊穣さをあれこれと表現することであるそうな。

本書の帯には、「夜勤明けの頭で考えた『アケのケア論』」とある。看護婦である宮子さんの直感、六感と深い考察にもとづく看護論、看護師論もまた、たしかにいろいろと考えさせるケア論だ。

「サービスの受け手と与え手のニーズはたいていの場合、相反するのが社会の常識。」それなのに、なぜ、「患者さんが喜んでくれる看護をすることが、自分たちにとってもいい看護」と言われ、看護婦自身も言い続けてきたのか。しかし、本当にそうなのか。

宮子さんは、表面的な和合をあえて乱してでも、看護する側とされる側がそれぞれの立場から、本当のことを言ったほうが「気持ちのいい看護」を探ることになると言い、「誤解をおそれず、看護する側の立場から、自分の思いを伝えたい」と、夜勤明けにキーボードを打ち続けた。 

たとえば、宮子さんは、患者さんの話をよく聞くことが苦手、つらい、と言う。看護婦、特に宮子さんのような精神科の看護婦は<傾聴>ができないといけない、と言われているにもかかわらず。話を聞くことより、話すことのほうが好き、ということもあるけれど(一般的に言って、みんなそうだと思います)、次のようなときが特に<傾聴>できないとのこと。

1つは、自分の価値観に照らしてあまりにもゆがんでいることを患者さんがいっているとき。他者への攻撃や悪意のある言葉など。もう1つは、聞いてもどうすることもできないのに、相手が答えを強く求めてくるとき。

こうしたときに<傾聴>がつらい。看護婦としての役割期待をこなせない、となると自責の念が強くなってしまいがちである。そのモードに入らないようにするために、宮子さんが体験的に得た対処方法は、前者については、「あくまでも私の考えですが」といって、自分の考えを伝え、後者については、答えをださなくてはとは思わず、でも、誠意ある態度で聞き流す、ということ。

これって、ソーシャルワークのコミュニケーションスキルとしてテキストに書かれているものだ。でも、宮子さんはなぜそれでいいのか、ということを、体験を踏まえて記述しているので、とても説得的。

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