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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

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No25 天野正子 『老いの近代』 岩波書店 1999年

キーワード:老い、老人

      本書の1章「老人の入る席・子どもの入る席」で、著者は、日本の近代化がもたらした「老い」についてこう言う。
近代化は、流動的なライフスタイルに適応できず、居場所を失っていく社会的「弱者」としての老人を生み出す一方で、ビジネスや政治などあらゆる領域で、社会的「強者」としての老人層を作り出し、長老支配の構造の基盤をつくっていった。言いかえれば、近代化は社会的業績ないし成功を基準に、「意義ある老い」と「意義のない老い」という、老いの差異化と序列化を持ち込む役割をもたらした。

老人福祉法の第1章総則第2条では、「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛され、かつ、健全で安らかな生活を保障されるものとする」という文章がある。実績を残し、「社会の進展に寄与してきた」「意義ある老い」を生きる人は敬愛され、生活を保障される価値がある、そうでなければ、、、と、この文章を解釈することも可能だ。

これに比べると、1991年に第46回国連総会で採択された「高齢者のための国連原則」は、高齢者は高齢者であることだけで(なんら条件をつけることなく)、「自立」と「参加」、「ケア」、「自己実現」、「尊厳」のための種々の機会や条件を有すべきである、としている。

たとえば、「高齢者は、所得の至急、家族と地域社会の支援および自助を通じて、十分な食料、水、住居、衣服、ヘルスケアを入手する機会を有すべきである。」老人福祉法の総則第2条は修正したほうがいい。

さほど多くの人のお葬式に参列したわけではないが、高齢者のお葬式に出るたびに、著者の言う老いの序列化を感じる。参列者を多く集め、弔辞が読まれ、過去の業績が報告される老人と、身内と数人の隣人だけでひっそり終わる老人と。過去に社会的基準による業績がなかった女性でも、配偶者にそれがあれば序列は高い。
近年、こうした社会的儀式としての葬式を生前から拒否する傾向が出てきたのは面白い。

つい60年前、多くの若者は無念のうちに死を遂げ、「老い」を迎えることはできなかった。いや現代でも「老い」を迎えることができるのは、世界でみればごくわずかにすぎない。しかし今、私たちは、「老い」の意味を探る。(本書第三部「老いのパーフォマンスーー一人ひとりの意味場――」)本書が描くさまざまな「老い」をみながら、さて、自分の親は、また、自分自身はどうやって「老い」を迎えるのか。
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