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No90  太田貞司「日本における介護福祉思想の起点」
(介護福祉思想研究会編 太田貞司・住居広士・田路慧・古瀬徹
『介護福祉思想の探求:介護の心のあり方を考える』 ミネルヴァ書房、2006年)

キ-ワード:介護、介護福祉、介護福祉思想

太田に言わせれば、介護福祉思想の起点は、1990年代に誕生した先進的なグループホームやユニットケアの取り組みにある。つまり、要介護者も生活の主体者であり、その主体が日常生活を自ら営むことを支援するという自立支援の考え方、これを実践した取り組みにある。

1963年に特養が創設され、寮母の行う世話を介護と呼ぶようになった。それまで家族が行っていた老人の世話と区別したわけである。しかし、太田によれば、精神上の著しい障害があるものは、入院治療が必要とされ、特養の対象からはずされた。認知症高齢者はまだ少なかったのだ。

介護の現場は、特養だけでなく、1973年以後の老人専門病院、1983年の特例許可老人病院、1988年の老人保健施設など、医療現場にも拡大した。1962年以降、国の制度としてのホームヘルプサービスは、80年代後半に家事援助から身体介護にシフトし、看護職と協働して在宅ケアの一翼を担うようになったと太田は言う。

わが国の高齢者福祉政策は、たしかに、1980年代半ばごろから、在宅ケアやサービスの多元的供給などを基調とするようになった。1990年代のゴールドプランにもとづくサービス拡大や、2000年からの介護保険に比べれば、わずかなものだったけれども、80年代後半には、デイサービスやショートステイの整備拡大、ホームヘルプの対象の拡大(一人暮らし老人への家事援助から、家族同居の老人への身体介護)という「在宅ケアの三本柱」が整備されることになった。

多様な民間組織からホームヘルプサービスが供給されることになれば、その質を担保する必要がある。また、家事援助から身体介護となると、介護の専門的知識や技術も必要となる。家族でも質の高い介護をする人はいるけれども、家族はよく知った老人だけが世話できる。しかし、ホームヘルパーは同じようなニーズをもつ人には、同じように身体介護ができなければならない。これは特養などの寮母も同じだ。

1987年、介護福祉士という資格が創られたのにはこうした背景がある。
1960年代から特養という場で、プロが介護を行うようになった。だが、家族が必ずしももっていない、専門的な知識と技術をもち、どのような要介護老人に対しても一定の質の介護を行えるプロが必要視されるようになったのは、1980年代後半なのだ。

しかし、太田によれば、1987年に創設された介護福祉士における支援課題は、精神的、心理的な支援の重要性を認めつつも、結果的には、入浴、排泄、食事といった基本動作、身体介護に視点を置くものであった。それが、1990年代に入り、グループホームやユニットケアのなかで、生活を営む主体として認知症高齢者の自立生活を支援するという先進的取り組みがなされるようになる。

そして、2000年の改正社会福祉法において、地域社会での生活の維持のために、身体介護だけでなく、生活のリズムを維持する支援(見守り支援)や社会参加の促進の支援、すなわち、「要介護者等の範囲が広くなり、一概には言えないものの、社会生活の維持できる日常生活の支援」が介護福祉ととらえられるようになった。

「寝たきりの介護から、離床、移乗、身体拘束防止、介護技術の確立へ」「日常生活における行動の自由の問い直し、生活の主体者としてのとらえ方へ」こうして、認知症高齢者を含む要介護高齢者に対する介護福祉思想は、「みずからの日常生活を自ら営むことを支援するという自立支援」となった。

では、官製の介護予防という目的と技術を、介護福祉思想はどうとらえるのか?また、要介護高齢者のケアには、ターミナルケアが必ず含まれる。死の不安や苦痛と向き合うことを支えるケアの思想を、介護福祉はどうとらえるのか?
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「介護思想」は、私の考えでは
日本において特異的に生じたもので、
看護実践とソーシャルワーク実践のすきまにあってやむを得ず行われてきた実態を思想化することだと思います。
1 「自立支援」は観念の空回り
2 「介護予防」は医学の仕事
3 介護福祉の実践者は利用者の死の不安や苦痛と向きあってはきたが、それは思想というよりは人間的な営みに近いと思います。
ヨーロッパにおいて最近使われているsocial care には、日本の看護やソーシャルワークの弊害を越える何かがあるようには感じています。
なにぶん不勉強ですが、書評を拝見してひと言書きました。

2008.08.19 10:52 URL | bonn1979 #v6B3XZ1k [ 編集 ]

コメント、ありがとうございます。
「介護福祉思想」とは、介護福祉の目的や方向性を定める価値理念のようですね。
それを探究しようとする姿勢は、日本的という気がします。
岩波のケア論;『ケアすること』で、副田義也が介護労働の思想的価値(倫理的価値)は、生命活動への援助/基本的人権の保障/人格の独自性・一回性への愛、と言っています。
「自立支援」「介護予防」ではなく、やはり、こうした倫理的価値が、「介護福祉思想」となるべきでは、と思うのですが、、、
イギリスのsoical careの用語は、ケアマネジメントと同じで、ソーシャルワークの用語を消し去りたいために採用されたのではないか、とひがんでいるのですが、まったくの誤解でしょうか?

2008.08.21 23:43 URL | beagle #- [ 編集 ]

これからは、実名で書きます。

○ 介護思想についてはご指摘の通りですね。

○ social care ですが、最近イギリス保健省のサイトで興味深いものを見つけました。

トップページの
左の欄に social care
右の欄に social work
があって
違いがわかるようになっています。

http://www.socialworkcareers.co.uk/

です。
私のブログで近いうち紹介しようか
と考えています。

2008.08.25 22:53 URL | 古瀬 徹 #v6B3XZ1k [ 編集 ]

情報提供、ありがとうございます!
残念ながら、明日から旅行に出るため、そのサイトをゆっくり見ることができません。帰ってきてから、見たいと思います。
イギリスの児童福祉関係の緑書(?)で、わざわざソーシャルワークとは何かに触れていたのを思い出しました。それと共通しているのか、比べてみます。

2008.08.27 00:23 URL | beagle #- [ 編集 ]












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