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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

No88 上野千鶴子・大熊由紀子・大沢真理・神野直彦・副田義也編著 『ケアという思想』
岩波書店、2008年

キーワード:ケア

岩波から、ケア その思想と実践というシリーズ本の第一巻として『ケアという思想』が出た。まだいくつかの章しか読んでいないのだが、全部を読めば、「ケアの思想」ではなく、「ケアという思想」というタイトルの意味がきっと了解できるのだろう。

執筆陣は多彩で、社会学者が目立つけれども、「べてる」のソーシャルワーカー兼大学教員の向谷地さんや、カリスマPT兼介護論第一人者である三好春樹さんも書いている。

本書のなかでは浜田晋氏についで年配者である副田義也氏が「青い芝のケア思想」で、障害者解放運動における理念と現実との乖離が無視できないほど大きくなり、当事者と健全者である介護者グループとの決別が生じた過程を資料に沿って追っている。

そのうえで、青い芝の会の思想について、いくつかコメントしている。そのうちの2つほどを紹介する。
①ケアの対象者となる人々の生命過程を援助し、その人格の尊厳を守り、人権を保障することを目指すケア労働、福祉労働は、現実には、対象となる人々を管理する労働、管理労働に変質しがちである。青い芝の会の会員たちは、このケア労働が管理労働に変質するのを厳しく告発した。これは同会の運動の思想的成果の1つとして評価される。

②健常者集団は青い芝の会の手足となりきるべきという主張は、心情的に理解できるが、論理的には疑問がある。CP者が「本来あってはならない存在」とされてきたという言明は、労働力還元主義が非人間的イデオロギーであるという告発である。青い芝の会は、労働力還元主義批判によってCP者を擁護しつつ、労働力還元主義によって介護する健常者を位置付けている。これは、労働力還元主義批判にもとづく労働力還元主義の主張という論理矛盾である。青い芝の会は、健常者は「友人」であるという規定をもう少し根気よくもちこたえるべきであったと思う。


運動は運動である以上、理念・原理を強く主張する必要がある。社会的に抑圧され声を出せなかった人々の運動ほど、その主張はラディカルなものにならざるを得ない。たとえ「ユートピア思想」になってもだ。
だが、運動を広い範囲の人々に理解させ、一緒に闘う人を増やすには、健常者を闘える同士に育てていく必要もあろう。「手足」ではない「同士」。ときに対立し、管理し管理されるが、志を共有しようとする関係。
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