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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

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No75 ジョナサン・ターナー・正岡寛司訳 
『感情の社会学Ⅰ;感情の起源――自律と連帯の緊張関係――』 明石書店、 2007年


キーワード:感情、感情エネルギー、自尊心、恥、罪、社会的結合


ヒトの感情の起源はどこにあるのか?社会学者のターナーは、チンパンジーと類人猿を比べることで、人間の感情の発展が人間の社会的結合と深い関係にあることを推論している。ややシンプルという印象はあるものの、なかなか面白い。

チンパンジーは、互いを地域個体群の一部と認知し、一時的に集合して群がりながら移動する。強い連帯にもとづく共同体ではなく、他のものが共有空間にいることを認知しているだけである。

他方、類人猿は母子結合以外に、強く組み合わされた社会構造をつくるための強固な行動傾向をもっていなかった。相対的に弱いオスの支配、思春期に集団から移動していくメスの傾向(オスにもありうる)、すなわち、非常に広く、しかもすべてを含む行動域内における集団間移動という傾向、個体の自律性と個体主義という傾向をもっていた。

類人猿たちがそうであるように、他者や集団からあるていどの自律を保とうとする人間の欲求が、自己意識を発達させ、周りの環境との関係における能力を発達させた。

類人猿の猿からの分岐によって、そして、最後にヒト科のサバンナへの適応によって脳が発達し、大量の情報を貯蔵するとともに、抽出することができるようになった。また、その環境において、自己を対象とみなすことができ、さらに自分の行為と他者の行為を予測でき、視覚による合図とジェスチャーの正確な読解が可能となった。視覚的にすぐれたメッセージを送信するために顔や身体を露出し、広範囲にわたる複雑な感情を送信し、解釈するようになった。


視覚にもとづく言語と関連する感情的な合図の使用によって、社会的結合を維持する。ヒト科は感情を使用する能力を獲得した。

感情は、弱い結合と個体主義という類人猿の傾向を克服するために用いられたのである。社会的結合をふやし、社会構造を維持することを、可能にさせるような方法で、ヒト科の感情能力は強化されていく。

感情能力の強化過程についての推論(2章)、感情レパートリーの解説(3章)もまた興味深い。ターナーは、社会組織のパターンは、裁可(賞罰)なしには出現しないという。

期待に応えられない行動に罰を科す否定的裁可は、怒りの感情を含んでおり、恐怖心を喚起するだけでなく、対抗的な怒りを生む。怒り、恐れ、怒りという離反的な結末を乗り越えるために、恥や罪という複雑な感情が進化するのだが、それでも集団連帯はこうした否定的な感情だけに頼って構築・維持できない。社会的結合と連帯にとって特に重要なのは、肯定的裁可が生み出す自尊心の感情である。

ということは、子どもを社会成員として社会に統合化していくには(しつけていくには)、否定的裁可(しかる)によって行動を規制/禁止する規範の内面化よりも、望ましい行動パターンを奨励/促進させ、肯定的裁可(ほめる)によって自尊の感情を芽生えさせ、発展させることがより重要かもしれない。他者によって課せられた期待を適えることができたとき、それ以上のことを成し遂げたときに生まれる満足感、自信、自己を愛する気持ちといった自尊の感情を、幼いときにこそしっかりと身につけること、それが他者や社会との関係を築いていく土台になるのではないか。本書は、こうしたことも考えさせてくれる。

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No74 岩田正美・小林良二・中谷陽明・稲葉昭英編
 『社会福祉研究法――現実世界に迫る14レッスン』有斐閣、2006年

キーワード:社会福祉研究法


本書の帯に、「社会福祉の卒業論文やレポートを書く前に読んでほしい研究案内です」とある。いやいや、多くの章は中身が濃く、大学院生の修士論文や博士論文向けの、また、若い研究者向けの研究方法指南書といってよいくらいだ。

ただし、「実証的な研究方法にウエイトを置く」という基本方針から、社会福祉の歴史や思想、政策分析、プログラム評価などについての研究方法は載っていない。

社会福祉の「現実世界」に関して、論文を書かなければならない人、書きたいと思っている人には、ぜひ読むことを薦めたい。読めば、読まないよりも断然、効率的に研究を進めることができるはずだ。

どの章もお薦めだが、
「3.先人に学ぶ――研究レビューの進め方とレビュー論文の書き方」
「4.研究の倫理――忘れてはならないこと、してはいけないこと」
「6.仮説の構築と検証の手続き――仮説を作ること、データから確かめること」
が、特にためになった。

各章で説明されている多くの研究方法は、社会福祉独自のものというより他の学問分野にも共通する研究方法や研究スタイルである。教育や看護、社会福祉などヒューマンサービスに関する研究の独自性は、研究方法そのものよりも、研究の目的と研究の視点、つまり、研究課題の設定とその切り口にあるとすれば、その実証的な研究方法は、それに役立つもの、ふさわしいものであればよい。

社会福祉の研究は、人々のウェルビーイング(善き生)に直接、間接に貢献することを目指して行われるという、明確な福祉の価値にもとづいたもの。と考えるならば、社会福祉研究の中身は、ウェルビーイングとは何かの価値研究、その価値観点からとらえた変化・改善すべき生活状況や社会状況の分析、その状況を変化・改善するための既存・新規の方法の検討・評価、などになる。多様な研究方法が必要だ。



No73 内田樹 『下流志向――学ばない子どもたち 働かない若者たち――』講談社 2007年3月

キーワード:リスク社会、自己決定


大佛次郎論壇賞(奨励賞)を受賞した本田由紀さんの『多元化する「能力」と日本社会――ハイバー・メリトクラシー化のなかで――』もそうだったが、本書もまた、社会が、子どもたちが、質的に大きく変わったことを指摘している。ただし、その評価と対策は異なるが。

「わからないことがあっても気にならない」
「意味がわからないことにストレスを感じない」
「鈍感になるという戦略」
=「学びからの逃走」
なぜか?

この問いの答えに関心のある方は、本書をお読みください・・・・
ここでは、「学びからの逃走」をもたらしている人間の孤立化、つまり、「リスク社会の弱者」についてちょっと紹介しておこう。
***
リスク社会を生き延びるには、「生き残ることを集団目標に掲げる、相互扶助的な集団に属する」ことが必要で、グローバリゼーションの進んだリスク社会を生きるのは、「自己決定し、その結果については一人で責任を取る」ということを原理として生きるということではまったくない。それは、リスク社会が弱者に強要する生き方である。

リスク社会の弱者とは、端的にいえば、「相互扶助組織に属することができない人間」のこと、つまり、「獲得した利益をシェアする仲間がなく、困窮したときに支援してくれる人間がいない」人のことである。

血縁共同体や地縁共同体のような中間的な共同体を「近代的自我」の自立を阻むものとしてとらえられている。それは事実であるが、弱者が生き延びるために、相互扶助の共同体は、迷惑を掛け合うシステムとして、リスクヘッジとしてそれなりに機能していたということも一面の事実である。

相互扶助・相互支援というのは、迷惑をかけ、かけられる、ということなのだから、迷惑をかけられるような他者との関係を原理的に排除すべきではない。

多少の迷惑をかけ、かけられるという相互扶助・相互支援のネットワークのなかで、「周囲から支援や連帯をもとられるようになる『自立した人間』になっていくこと。
***
今は、こうしたコミュニタリアン(共同体主義者)的発言が、至極まっとうな意見として受け取ることができる時代なのだ。
社会福祉においても、あらためて小地域(近隣)ネットワークやソーシャルキャピタルなどに関心が向けられている。従来の地域共同体とは質の異なる、しかし、共通関心をもつ者だけから成るネットワークでもない、地域の人々が参加する新たな相互扶助・相互支援のネットワークへの関心である。
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