FC2ブログ

Book+

福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
No.53  阿保順子 『痴呆老人が創造する世界』 岩波書店 2004年

キーワード:痴呆老人、認知症、コミュニケーション


以前、病院に入院する認知症のお年寄りの日常生活を描いた羽田澄子監督の映画を見たことがあるが、本書は、文字でそのお年寄りの世界を描いている。

初めは、具体的なやりとりの場面がなかなか頭に描けない。だが、徐々にクリアにイメージできるようになっていく。病院の決められた生活のなかでもまた、お年寄りたちは、厳しく、切ない、それなりに刺激のある「社会生活」を送っている。その様子が、面白く、かつ、リアルにうまく描かれている。

看護のプロ・研究者でありながら、文化人類学者のようにお年寄の世界にさりげなく「侵入」し、コミュニケーションを試みながら、お年寄りの人間関係のパターンや人間関係の複雑さ、社会的な存在としての人間を観察している。

ケアの担い手もまた、こうした視点をもってお年寄りを理解してみてはどうだろう。

アルツハイマーや脳血管障害などによる認知症のお年寄りは、通常とは少し異なる意味世界にいる。生活不活発(?)がもたらす、短期記憶力の低下、見当識障害といった認知症状をもつお年寄りたちは、了解可能な生活をしている。本書のように、読み物としても面白い、社会科学の視点による実態報告としても興味深いものは、彼らについては書けないだろうか。
スポンサーサイト
No52 向谷地生良 『「べてるの家」から吹く風』 いのちのことば社 2006年

キーワード:べてるの家、精神障害者、当事者研究、仲間の力、ソーシャルワーカー

べてるの家については、本もVTRもたくさんある。それでも新しく出た本書を買って読んでみたいと思わせてしまう魅力が、べてると向谷地さんにはある。

ソーシャルワーカーであり、キリスト者である向谷地さんは、ティリッヒの説;ソーシャルワーカーの実践、すなわち、人を愛するという営みは、困難に陥っている人を「引き上げる業」としてあるのではなく、そのなかに「降りていく業」として現さなければならない、を紹介している。

人間はひたすら「死ぬ」という連鎖のなかで生かされている、「にもかかわらず」生きようとすることが「存在への勇気」であるというメッセージが、ソーシャルワーカーとしての実践の礎となってきた、と向谷地さんは言う。

また、次のようにも言っている。人を「愛する」とか「信じる」ということは、もっとも愛しにくく、もっとも信じにくい状況、すなわち絶望からもたらされる。「にもかかわらず」愛し、信じることが問われている。「愛しやすいこと」を愛し、「信じやすいこと」を信じることから回復ははじまらない。

その向谷地さんにとって、ソーシャルワーカーら援助専門職は、この意味で「『人を愛する』ということを職業的に志す人たち」である。

こうした向谷地さんの人間像やソーシャルワーク論は、べてるの家やその仲間の話のなかでとても自然に聞こえる。

かつて、ラップたちは、精神障がいをもつ人々のもつストレングス(強み、良さ、長所など)に焦点を当て、そのストレングスを活かすよう支援していくというストレングスアプローチのケースマネジメントを主張した。

発展型の近代的人間像、裏切りや翻弄のなかの不信・苦渋・絶望を想定すらしない「能天気な」調整型のソーシャルワーク論が、少し貧相に見えてくる。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。