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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

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No36 上野千鶴子 『老いる準備――介護すること されることーー』 学陽書房 2005年

キーワード:老い、介護、ケアの脱私事化、ワーカーズコレクテイブ


いつものごとく、軽いエッセイのなかに、「なるほど」「そうそう」と思わせる一文多し。
たとえば、
フルタイムのワーキングウーマンの三世代同居率は、主婦のそれより高い。日本型家族制度が女性の社会進出を支えるという皮肉な背景。これを再生産の「アジア型解」と呼ぶ。

妻の背後に親がいる、結婚が娘にとっての親との分離を意味しないため、夫に強くでられる。これを実家の「ひもつき男女平等」と呼んでいる。離婚も容易になった。

非婚シングルで40,50代の男性と親の世帯がふえている。離婚してシングルアゲインになった男性も。親の介護負担を抱え、そういう世帯が介護虐待の温床になることを、保健師さんたちが報告している。これは近い将来非常に深刻な問題になるであろうと思われる(すでに、かなり顕在化しております)。

介護保険は、なぜ、女の不払い労働が食える労働に変わるか、という歴史的な実験。NPOは、企業法人をモデルとした組織形態、組織原理は企業法人に限りなくちかい。だから、ノウハウを使える男が元気になった。

しかし、市民事業体には、ワーカーズのような組合法人がふさわしい。所有と経営が分離しておらず、労働の自己管理ができる。コミュニケーションコストは高いが、労働の質を決定することができる。

市民事業の原点は、私が助かりたい、という動機から。互助、共助 人助けも自分のため。誰かに必要とされていること、自己満足でよい。


自己満足や個人的動機からの活動が、地域や社会の問題への関心に広がり、多くの人からは見逃されそうな、また、無視されてしまいそうな問題への対応にまでつながっていくには、何が必要だろう?


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コメントに質問を載せてくれた方へ

ソーシャルワーカーのやりがいと辛さはなに?という質問、ありがとう。この質問への答えはいろいろあると思う。

やりがいの1つは、係わっているその人の生活状況がいい方向へ変化する、あるいは、その人やその家族がいい方向に変わっていく、そうした変化の醍醐味に接することができること。

辛さの1つは、こうやって係わっていくのがベターだと思っても、同僚や周囲の人が必ずしもそれを理解してくれないことかな。
No35 柏女霊峰 編著 『市町村発子ども家庭福祉』 ミネルヴァ書房 2005年

キーワード:子ども家庭福祉、次世代育成支援対策、子育て支援、児童虐待防止ネットワーク、市町村役割強化

今年は、わが国の人口減少が始まった。来年は、少子化対策の議論にいっそうの拍車がかかることだろう。ニートやフリーター、非正規雇用の問題に取り組まないと、少子化対策にはならないと思うのだが、少子化対策というと、子育て支援、次世代育成支援という話のほうをよく聞く。

平成15年に次世代育成支援対策推進法ができ、児童福祉法が改正されて、市町村における子育て支援事業(子ども福祉分野の在宅サービス)が法定化された。また、市町村には、子育ての相談とサービス調整の役割が求められることになった。

さらに、児童虐待の増加を背景として、平成16年の児童福祉法改正では、要保護児童問題の相談が市町村の役割となった。

つまり、これまで保育と母子保健を中心に業務を行ってきた市町村は、ここへきて一気に、子育て支援対策と要保護児童対策とを行わねばならなくなったのだ。

柏女先生によれば、子ども家庭福祉も、都道府県を中心とした職権保護による施設サービス提供を中心とするシステムから、市町村・地域を中心とした利用者主体の包括的福祉サービスの提供を中心とするシステムへと変わる、という改革が始まったのだ。

柏女先生は、「保護者のニーズど子どものニーズが同方向である場合は、利用者と提供者が直接に向き合う利用方法で」、「同方向でない場合で、公が子どもの最善の利益を優先すべきと判断した場合は、公の勧奨責任を明確化し、保護者が従わない場合は司法決定方式で」、「保護者がいない場合は、職権保護方式で」と、子ども家庭福祉サービスにおける「契約」方式と「措置」方式の併置を提案している。

また、子ども家庭福祉サービスの利用は、子育て支援専門員などによるアセスメントで「要保育・養護認定ないし要支援認定」を行い、要支援度に応じて決められたメニューからサービスを選択するという方式へ、と述べている。だから、高齢者と同じように、「契約」が基本、というシステムに改変すべき、との主張のようだ。

高齢者の介護ニーズよりも、子育てニーズや養護ニーズはパターン化しにくく、一色ではないと思うのだが。

浅野さんや小木曽さんたちの執筆した6章と7章(児童虐待防止ネットワークの実際やそのスキル)には、usefulな指摘と思えるもの、納得のいくものが目に付いた。
No34 菅原哲男 『家族の再生――ファミリィソーシャルワーカーの仕事――』 言叢社 2004年

キーワード:家族、児童養護施設、児童虐待、家族統合、ファミリィソーシャルワーカー


2004年度から全国550箇所強の児童養護施設や乳児院、母子生活支援施設等の児童福祉施設にファミリィソーシャルワーカー(家庭支援専門相談員)が配置されることになった。「家族関係の調整」のためのファミリィソーシャルワーカー配置費用はわずか年間200万円、児童の「自立支援」のための家族調整費200万円と合わせても400万円で、ベテランの専門職を雇用できるような額ではない。

とはいえ、「家族関係の調整」というソーシャルワークの役割、つまり、サービスや資源の調整というケアマネジメントではなく、人間関係、それも親子・夫婦という親密な関係に介入し、積極的な調整を図るという役割の必要性と重要性を国が公式に認めたこと、そして、これに費用を出すことになった点については、注目していい。

なにしろ、わが国でソーシャルワークという職業を専門職として国が認め社会福祉士という専門資格をつくったのが1987年、民間組織に委託した在宅介護支援センターに費用をつけてソーシャルワーカーの配置を求めたのが1989年である。医療機関におけるソーシャルワーカーを除けば、ソーシャルワークの仕事ができる職場、職域はそれまで極めて限られていたのだ。

だが、ファミリィソーシャルワーカー配置の背景には児童虐待事例の激増がある。単純に喜ぶわけにはいかない。

「家族関係の調整」は、ソーシャルワークのテキストに用語としては出てくるものの、それがどういうものか、その方法やスキルはほとんど整理されていない。本書は、従来より「ファミリイソーシャルワーク」を実践してきた「光の子どもの家」(児童養護施設)の施設長が、「総合的な家族調整」とはいかに困難なことなのか、しかし、それにもめげずに携わろうとする人々に、手助けになるような認識や方法を提示したいと考えて執筆したものである。

「子どもが当面する養育の困難さと、親が当面する生きることの困難さのなかで、子どもが親に受け止められ家庭に復帰できる状況をつくりだすことはいっそう困難なことである。固有な分離と再統合の出会いの物語を長い時間をかけて育んでいくことは、児童養護施設で働く人々によってしか果たしえない本質的な課題」こう言い切って、さまざまな事例をもとに、ファミリイソーシャルワークの原則と方法・スキルを提示してくれている。

きわめて困難な状況においても粘り強いワークを行う原点は、「家族の原型」とは何かを問い続ける姿勢であり、児童養護施設として子どもたちに「家族の原型」を与えようとする熱意である。

No33 野坂 達志 『統合失調症者とのつきあい方 ―― 臨床能力向上のための精神保健援助職マニュアルーー』 金剛出版 2004


キーワード:精神保健福祉士、統合失調症、システムズ・アプローチ、ソーシャルワーク、サイコセラピー

          

 以前、春日武彦さんの『援助者必携 初めての精神科』を紹介したことがある。この野坂さんの本も、精神保健福祉分野の精神保健福祉士さんはもちろん、子ども家庭福祉や高齢者福祉、生活保護、さらに、総合相談の現場で働く社会福祉士のソーシャルワーカーさんたちに、ぜひ読んでもらいたい。

家族療法におけるシステムズ・アプローチや、システム論の知識は、福祉の現場で苦労する家族関係を理解するうえで、とても重要だと私は思っている。だから、現役の「達人」精神保健ソーシャルワーカーである野坂さんが、システムズ・アプローチの知識や技法を大変わかりやすく、援助事例を豊富に紹介しながら解説してくれていることに感激。そして、地域精神保健活動を行うリーダーは、ソーシャルワークとサイコセラピーを統合した視点をもつことが不可欠、と主張していることに拍手。

統合失調症の人とのつきあい方の原則、面接のコツ、援助のコツ(これらは統合失調症の人との面接に限らない)も満載。最後には、援助職である読者(?)からの悩み相談にまで答えてくれている。言っている内容は本質をついていてするどいものが多いけれど、語り口はやわらかというか、親しみやすい。

この本によって、精神保健福祉士を目指す人が増え、元気をもらう精神保健福祉士が増えるはず。
No32 清家篤・岩村正彦編 『子育て支援策の論点』社会経済生産性本部生産性労働情報センター 2002年

キーワード:子育て支援政策、子育てリスクの救済、子育ての自由拡大

国も産業界も、1990年代以降、合計特殊出生率の極端な現象傾向に危機感をもっている。しかし、少子化対策、子育て支援策は、価値観が激しくぶつかり合う領域。議論は、繰り返し続いている。

本書は、財団法人社会経済生産性本部が設置した、「子育て支援政策研究会」(福祉政策特別委員会の専門委員会)の報告書である。すでに3年前に刊行された本なのだが、「福祉政策に位置づけられている子育て支援を、生涯学習の観点から教育政策と統合すること」を含む6つの提言をしているので、ちょっと紹介する。

委員長である清家さんによれば、子育て支援政策の根拠は「子育てリスクの救済」と「子育ての自由拡大」の2つである。前者は、片親世帯になったために子育ての時間が確保できなくなったとか、失業などで子育ての経済的負担に耐えられなくなった、といったリスクへの救済措置である。

後者は、子どもを産み育てることを困難にしている社会的な制約条件を取り除き、子どもをもつという選択を支援する、すなわち、子育ての自由を拡大するための措置である。これまでの児童福祉における保育政策は、「保育に欠ける」子どもへの対策として、「子育てリスクの救済」に基本がおかれてきた。

しかし、少子化の原因が、就業や保育園の条件整備が不十分というところにあるならば、その是正に取り組み、仕事と子育ての両立を支援していくことが家族の自由な選択を拡大し、個人の自己実現を保障することになる。

よって、今日では、「子育ての自由拡大」のための政策がより重要であり、保育も教育サービスの1つと位置づけて保育内容の質の向上や整備を図る必要がある。保育において幼児は生涯学習の基礎を身につけ、親も同時に家庭教育の技術の基礎を身につける。これにより、保育は、引きもこりや児童虐待など将来的な福祉ニーズに対する抑制のための教育政策と位置づけられる。

「子育て自由拡大」政策としての保育が重要だということはわかったが、生涯学習の基礎って何のこと?保育が児童虐待の将来的福祉ニーズの抑制策になる?仮にそのように機能させるとして、それを教育政策として行う?
No30 金子郁容 「合理性と『弱さ』のジャンプ」(野家啓一他編 『新・哲学講義』
岩波書店 2000年

キーワード:合理的人間観、ボランティア的人間観

ここ数年、「弱さ」の強さ、が社会福祉関連の領域でもよく語られる。その代表的なものが『べてるの家の「非」援助論』(医学書院)』だろう。本書の金子先生もかつて、『ボランティアーーもうひとつの情報社会――』で、ボランティアが自分から行動することによって発生する弱さ(傷つきやすさ)は、つながりをつけるための秘密の力だと論じていた。

本論では、ゲーム理論を用いてこのことを主張している。非協力ゲームというモデルのゲーム理論にあっては、プレーヤーの合理的行動(自己利益の最大化)は、機会があれば相手を出し抜くという機会主義的原理にもとづいたものとなる。だが、繰り返しゲームのモデルの場合には、相手と協力するという行為選択がなされる(最初は相手に協力する、その後、相手が協力的である限り自分も協力するが、相手が裏切ったら自分も裏切る)。つまり、ゲーム理論は、社会的協力が合理的選択にもなりうることを示したのである。

従来の経済学が基盤としてきた「合理的人間観」、つまり、人間は自己利益の追求を行い、自己利益の最大化を目指すためには機会に乗じて利益を最大化させる(機会主義的行動という原理にもとづいた)行動をとるという人間ではなく、「ボランティア的人間観」、つまり、人の役に立ちたいと思って行動する、進んで協力することを行動原理として行動する人間。

情報を共有することが基本であるネットワーク社会の進展は、こうした従来は「弱い」とされていた「ボランティア的人間観」に立ち、自発性にもとづく協力を通して、新しいつながり、新しい価値を生み出すことができる。

ただし、自発性によって協力的態度が示せるためには、信頼のコミュニティが形成されていなければならない。

信頼のコミュニティはどの範囲で形成されているのだろうか?形成・維持の条件は何か?
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