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福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

No15 木村敏「他者性のクオリア」 (木村『関係としての自己』 みすず書房 2005年

キーワード:他者性、自己、クオリア

    他者性とは、他人として知覚した人物について、それが自分とは別の独立した主体/主観であるという意味での経験を指すが、これは、されほど自明のことではないと著者は言う。他人の他者性のクオリアは、どのようにして認知されるのか?と著者は問う。(クオリアとは、辞書的定義でいえば、感覚に伴う独特な質感を表す性質?)
  
何もかもよく知っていると思っていた恋人が、あるとき私にはわかりえない世界をもっているのだと知ったときの感覚。電車で隣の席の人が肩にもたれかかってきたときに、イヤなやつと思ってもあと2駅で降りるからがまんして無視するといったときの感覚。
他者の他者性は、「こうした私的間主観性ないし自他の「あいだ」の共有(近さ)と互いの世界の異他性(遠さ)という、相互に独立した変数間の弁証法的関係を問う」という問題なのだ。
著者によれば、精神科の診療場面には、周囲の他人たちとのあいだで、遠さと近さとの弁証法をうまく解決できなかった患者さんたちがやってくる。「身近な他人とのあいだで遠過ぎもせず近過ぎもしない適当な距離感が保たれているときには、精神の障害はまず起こらない」

   離人症の患者さんは、特別な他者性を実感できない。特別な他者性とは、私の主観に働きかけ、主体的行動を触発するという仕方で共通の間主観的世界を開いているような、そのことを私が直接主観的に実感できるような特別な他者の感覚である。
他人を自分と接触する周囲の世界として、また、自分に対置する主体をもった他者として感じることがなければ、人が主観をもった主体としてあることはむずかしい。患者さんは、「紛れもない他人」の実感も「紛れもない自分」の実感も持てないのだ。

著者はヴァイゼッカーのアイデアを借りて言っている。人は他人とともに、個別的生命の根拠としての「生命それ自身」とのあいだに「根拠関係」を維持している。「根拠関係」の近さを基盤にし、当面の他人との出会いの場における対置として個別的な主体性が成立する。
他人の主体的他者性とは、生命的連帯感を基盤にした他人の異他世界の対置に他ならない。他人の他者性のクオリアとはそうしたことだ。
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