FC2ブログ

Book+

福祉関連の本の紹介と、ちょっとした福祉にかんする話題を提供するコーナーです

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
No92 上野谷加代子・杉崎千洋・松端克文編著
『松江市の地域福祉計画――住民の主体形成とコミュニティソーシャルワークの展開――』
ミネルヴァ書房、2006年

キーワード:コミュニティ、地域福祉、コミュニティソーシャルワーク、住民

2000年の社会福祉法の改正で、いよいよ、社会福祉=地域福祉の時代になった。地域福祉は社会福祉協議会の住民を巻き込んだ実践、という理解では不十分になったのだ。しかし、多くの自治体で見られる行政主導の地域福祉計画作成、というのも、地域福祉とは言えないのではないか。

全国のどこにあるのか、その認知度がもっとも低い県として、宮崎県とどっこいどっこいの勝負をしている島根県の県庁所在地が、タイトルにある松江市である。私が生まれて10年住んだふるさとだ。

この松江市では、行政と並んで社会福祉協議会が中心となり、きめこまかな住民参加のもとで地域福祉計画をつくりあげている。本書は、主にその過程を紹介している。

松江市の社会福祉協議会が力をもっていたことについては、いろいろな理由があるように思える。だが、地域福祉への取り組みに長い歴史をもっていたことが大きな要因の一つだろう。松江市では、戦後早いうちからすべての小学校区に公民館が設置されていた。この公民館は、昭和39-46年に財政再建準用団体になったことを契機に、行政による運営から自主運営の方式に転換されることになった。

これらの公民館は、社会教育や生涯学習の業務に取り組む一方で、昭和30年代から各地区に設置された地区社会福祉協議会の事務局も兼ねていた。しかし、昭和60年ごろ(1980年代半ば)まで、地域で福祉活動をする意義が見えてこなかったためだろう(まだまだ在宅サービスは乏しかった)、自主運営方式になっていても、社会教育の場である公民館と福祉活動との接点はなかなか見いだせない状況が続いた、とのことである。

本書によれば、1985年以降、補助事業として長寿社会対策地域推進事業が実施され、これにより、市内の21地区すべてに福祉協力員が置かれるようになった。この福祉協力員を中心に、要援護者の見守り活動やミニデイサービス、なごやか寄り合い事業などが活発におこなわれるようになった。これで、地区社協の基盤整備が進んだ。

その結果、公民館に、地域保健福祉推進職員が配置されることになり、公民館長が地区社協の役員を兼務するという、社会教育と福祉の連携が進む。公民館と地区社協による住民主体の地域福祉活動が展開していったのだ。

もちろん、すべての小学校区において、こうした活動が活発に動いているかどうかは記載がないのでわからない。活発な地区とそうでない地区があるのは当然だろう。そうした違いがなぜ生じるのか、興味深い。

私の親族が住む雑賀地区は、活発なほうだと思う。一人暮らしの軽度認知症の親族を福祉協力員さんがときおり訪れて、会食を含むミニデイサービスに誘ってくれている。また、数人の福祉協力員さんや民生委員さんたちが、一人暮らしの高齢者を集め、会食やときにはミニ観光に連れて行ってくれている。また、ボランティアさんたちがそうした高齢者を対象に、公民館での歌唱教室などを開いていて、誘ってくれている。

民生委員の担当エリアは案外広いから、地域に十分な目配りができない。その民生委員一人に数人の福祉協力員が協力して、お互いに連絡し合い、高齢者、特に一人暮らしの高齢者に気を配っている。ちょっと気になることがあったときには、遠方にいる身内に連絡を入れてくれることもある。こうした福祉協力員は、15万人の旧市街に1000人いる、と本書に記載がある。

もうひとり、お城近くに住む親族には、これまで福祉協力員さんが訪れることはなかった。会食のお誘いもなかった。だが、最近、地域包括支援センター職員と民生委員さんが同行訪問し、介護保険の申請やデイサービスの利用を促してくれている。

雑賀地区のほうが、お城付近の地区よりもやや高齢化率が高いはず。だから余計に熱が入るのか。それとも、地区社協の人材の違いからか。いずれにしても、福祉協力員の活動には感謝である。

多くの市町村でこうした活動が活発化するとよい。以前、社会教育・生涯教育で学んだことを、地域活動/地域福祉活動で返していく「学び返し」運動を起こそうと、ある自治体の会合で話していたことがあった。松江市はその実践モデルである。

全国をみれば、別のモデルもあるだろう。住民参加、住民主体の地域福祉活動の展開は、かならずしも容易ではないだろうが、もうすぐどこの地域でも、こうした支え合いの活動が不可欠になる。差し迫ってくれば、やらざるを得ない。

スポンサーサイト
No61 加藤春恵子 『福祉市民社会を創る:コミュニケーションからコ ミュニティへ』新曜社 2004年

キーワード:コミュニティワーク、コミュニケーション、福祉市民社会、NPO、ドロップイン、アウトリーチ


かなり以前に購入し、“つんどく”の1冊になっていた本であるが、これほど、コミュニティワークについて、また、ソーシャルワークについて書いてある本だとは知らなかった。イギリスのNPOの活発なコミュニティワークを知って、元気をもらえた。

イギリスには、市民の権利意識と自発的なパワーに支えられている福祉市民社会がある。福祉市民社会とは、行政による福祉サービスを基盤とし、市民がNPOのワーカーやボランティアとして有給・無給で働いてサービスを活性化させ、公的セクターと非営利セクターを組み合わせることで福祉サービスを維持・発展させていく社会である。

その原動力となるのが、情報伝達と対話交流の2側面をもつ市民のコミュニケーション力であり、それを鍛える「市民資金」と仕組みである。想像力と活力にあふれる有給のコミュニティワーカーと、ボランティアが、このコミュニケーションを強力に推進していく。

ソーシャルワーカーの仕事は、法律にそって行われるため、予算もたてやすく、公的セクターでおこないやすい。これに対して、法的に裏づけのない新しい活動を立ち上げ、展開していくコミュニティワーカーの仕事は、NPOで行われる。その給与は、「市民資金」を扱う組織に応募して確保する補助金と、政府からの公的補助金でまかなわれる。

本書は、彼らのコミュニケーションのやり方や物事の進め方を、目を凝らして観察することで(エスノメソドロジー)、「市民社会のエッセンスを抽出する」こと、つまり、福祉市民社会の組織や制度の水面下にある、社会の組み立て方を言語化すること、を目指している。

マイノリテイのための女性センターやメンタルヘルスサポートセンター、ハウジングトラスト、家族センター、ユースセンター、コミュニティセンターなど、福祉ではなく他の分野から転出してきた多くのコミュニティワーカーとボランティアたちの活動報告は、「エッセンス」の抽出に成功しているといえよう。

イギリスのような多文化共生社会とはまだ距離のあるわが国であるが、少子高齢社会という観点からも、コミュニティの活性化、福祉市民社会の成立の必要性は明白である。問題は、コミュニティワーカーをどう育てるかではなく、コミュニティワーカーの活動を可能にする「市民資金」とその確保・供給の仕組みだ。ソーシャルワーク論ではなくNPO論がさかんになるのは当然か。
No44 金子郁容 『新版 コミュニティ・ソリューション ――ボランタリーな問題解決に向けてーー』 岩波出版、2004年

キーワード:コミュニティ、コモンズ、コミュニティ・ソリューション、ソーシャルキャピタル

金子氏によれば、インターネット社会における2つの対照的な行動/問題解決軸は、
G軸:契約、リスクヘッジ、自己責任にもとづいたグルーバルな行動と問題解決
C軸:コミュニティ・ソリューション
の2つである。

このうちのコミュニティ・ソリューションとは、既存の組織や機構で対応できないているさまざまな問題を、メンバー間の情報共有とアクテイブなインタラクションによって、情報と関係性の共有地(コモンズ)をつくり、お互いの活動を相互編集することで解決しようとする方法のことである。

そのコモンズでは、
・ 人々が自発的に集まり、情報、技術、問題などをもちよる
・ 共有された情報が編集され、そのことでコミュニティの何かが変化し、新しい関係や意味が出現する
・ 情報や変化が経験され、蓄積、共有資源となる
・ 具体的成果があがり、各自が果実をもちかえる
ということが生じる。

こうしたコモンズの例としては、阪神淡路大震災の市民の会、禁煙マラソン、ケアセンター成瀬、事業型NPO、ファミリーサポートセンター、認証協議会等が紹介されている。

福祉の分野でもお馴染みのケアセンター成瀬やファミリーサポートセンターは、コミュニティのソーシャルキャピタル(コミュニティの関係性の資源 / コミュニティに蓄積された関係のメモリー)によってソリューションがうまくいった例と、その可能性を秘めた例として詳しい解説がある。

ファミサポは行政が仕掛けた住民参加型サービスである。だが、そこへの参加は住民の自発的な参加によるものである。「利用者と提供者を切り離さない」で、さまざまな会員交流活動を行うなどを通して、そこがコモンズとなれば、その活動の積み重ねによってソーシャルキャピタル(地域の保育力、子育て支援力)が蓄積されていく可能性がある、ということなのだろう。

自発的なコミュニティ資源によるソリューションは、今後、いっそう活発になるだろう。だが、福祉領域では、ファミサポのように自治体の仕掛けが必要な場合も少なくないと思われる。官民協働のコミュニティ・ソリューションである。
No39 木原孝久 『住民流福祉の発見』 筒井書房、2001年

キーワード:地域福祉、住民、ボランティア、助け合い

          
              2年くらい前だったか、朝日新聞の社説に、木原孝久さんの考案した地域福祉マップづくりという、「住民の間で自然発生的に生まれた要援護者支援のネットワーク探し」が、ある地域で広がっている、ということが触れられていた。高齢社会は、住民の助け合いがなければ暮らしにくい、という話のなかでだったと思う。

その木原さんのアイデアを満載したのが本書である。「福祉の主役は当事者だ」という主張を一貫させていて、「住民が主体の地域福祉」という認識を転換させてくれる。

「当事者宅を近隣福祉センターに」「『助けられ上手講座』を全住民に」「家庭の社会化」「ヘルパーセラピー」「ボランティアも見返りを」などなど、「なるほど」と思わされる発想や活動案がいろいろある。読んでいて退職したらやってみようかと思ったのは、自宅をオープンにした「シルバー・マージャンルーム」。マージャンは頭脳も使うし、何よりも人との交流が促進されボケ予防になる。

NHKの「ご近所の困りごと」(?)とかいう番組でも、地域住民によるさまざまな助け合いや共同活動が紹介されている。民生委員協議会、社会福祉協議会、地区社協、在宅介護支援センター、地域の種々の福祉施設、今年4月からの地域包括支援センターなど地域福祉に携わる組織や人々は、こうした番組や本書から活動のヒントをもっと得たらどうだろう。


No17 神野直彦・澤井安勇編著  『ソーシャルガバナンス ――新しい分権・市民社会の構図――』  東洋経済新報社  2004年

キーワード:ソーシャルガバナンス、分権、市民社会組織、市民活動団体、NPO、自治会、コミュニティ組織、

    最近、ソーシャルガバナンスとかソーシャルキャピタル(社会的資本)といった新しいカタカナ用語を見聞きする。ソーシャルガバナンスって一体何?

    「民間でできることは民間で!」と叫び続けた小泉自民党の圧倒的勝利によって、新自由主義の政策はますます進むと思われるが、ソーシャルガバナンス(以下、面倒なのでSGと略します)とは、神野先生の言葉を借りれば、新自由主義への対抗戦略である。「官から民へ」は、「官から私(市場)へ」ではなく、「官から公(市民)へ」であるべきで、「市場の失敗→福祉国家」、「政府の失敗→福祉国家のリストラクチュアリング:市場拡大」に代わって、「政府縮小→市民社会拡大」としていくのがSGである。
    すなわち、NGOやNPO、ボランタリー組織などの市民セクターが、政府機関の担っていた社会統治機能(パブリック・ガバナンス)を部分的に代替していくことを、SGは意味している。

    本書の章の多くは、サブタイトルに「新しい分権」とあるように、地域社会におけるガバナンス、すなわち、ローカルガバナンスを扱っている。そのため、NPOなどの自発的参加型の市民社会組織だけでなく、従来からある町内会・自治会といったコミュニティ組織(地域コミュニティ)も重要だとし、その「再生・創造」と、NPOなどとの有機的連携について述べている。
    では、その「再生・創造」と有機的連携はどのようにして可能なのか?これについてはやや抽象的という印象をもった。また、提示してある方法の実現性やその条件について触れて欲しいと思うところもある。もっとも、北九州市の市民福祉センターの事例紹介などを通して、少しは見えてくる。
     ソーシャルキャピタルについては、またいずれ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。